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金沢地方裁判所 昭和29年(ワ)181号 判決 1955年11月17日

原告 高橋勘右衛門

被告 詠喜三郎

主文

被告は原告に対し金参拾四万弐千六百参拾八円参拾壱銭及びこれに対する昭和二十八年五月十四日から完済迄年五分の割合による金員を支払うべし。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し金四十七万八千四十九円及びこれに対する昭和二十八年五月十四日から完済まで年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、被告は昭和十九年十一月八日以来原告から別紙目録<省略>記載の宅地二十七坪七合一勺及び右宅地上の建物(建坪二十三坪内九坪現在の店舗)を賃借し玩具並に文房具商を営んでいた。昭和二十八年五月十三日被告方の店員である被告の三男訴外詠三郎が被告方裏離れ六畳室で最も引火容易であるセルロイド製及び火薬製玩具の堆積され火災発生の虞れの多いところ、何人と雖も同室及びその附近で火気使用厳禁であるべきに拘らず同室内で右玩具の修繕整理の業務に従事中、不注意にも喫煙しその煙草火の不始末により右玩具に引火せしめ右九坪の店舗以外の部分全部及び隣接せる原告所有の木造二階建工場土蔵及び同住家兼店舗の一部を焼燬した。

しかして原告は右火災により、

(イ)  被告に賃貸している金沢市横安江町十六番地上にある建物二十三坪中、残存の三坪を除く二十坪を焼失しその時価金七万九百五円相当の損害、

(ロ)  同所十四番地上に在る原告方工場屋根二十坪、土蔵の屋根九坪住家の一部約八坪を消失しその時価合計金三十七万五千円相当の損害、

(ハ)  右工場二階にあつた鯖網中古品二十五束を消失しその時価金二十一万七千円相当の損害、

鰺網五品五十把を焼失し、その時価金八万円相当の損害

鰯網中古品八把を消失しその時価金二万五千六百円相当の損害

以上合計金七十六万八千九百五円の損害を蒙つた。

しかして右損害金中、大阪住友海上火災保険株式会社から火災保険金として金十七万八千九百十三円六十九銭の損失補填を受け、更に所轄税務署から右火災により原告の同年度所得の一割に相当する金十一万千九百四十二円の控除を受けたので右合計金二十九万八百五十五円六十九銭を前記損害金より控除した金四十七万八千四十九円が尚損害として現存するものである。

しかして右損害は前記の如く被告方店員の重大且つ業務上の過失に基くものであるから被告は原告に対し該損害を賠償する責を負わねばならない。

そこで原告は被告に対し右損害金四十七万八千四十九円及びこれに対する右損害の発生した日の翌日である昭和二十八年五月十四日から完済迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める為本訴に及ぶと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張事実中、被告が原告からその主張の宅地及び店舗中九坪を賃借し玩具並に文房具商を営んで来たこと、原告主張の火災のあつたことはこれを認めるが、原告主張の損害並に損害補填、所得控除の点は不知、その余の事実は否認する。

本件発火は訴外三郎が離れ六畳の居室で巻煙草の吸さしを桐製のタバコ盆の上に置き玩具のブリキ製ヂヨーロ入ボール箱一箱(重量二、三百匁)をその室の東側に二段に釘打けしてあつた下段の木製棚上に普通の態度でのせたところ、その上段のボール箱入セルロイド製がらがらまりが全く思いがけなく、且つ運悪く右煙草盆の巻煙草の上に落下したので思わぬ事故を起したものである。

しかしてその棚及びその附近のものはしつかりと取付けられ、傾かず、揺れず、不安定な点なく、上段の右がらがらまり入のボール箱も丸味形くづれのものでなく、のせ方も安定していたものであり、又それ迄その棚に物をのせた時揺れて他の物を落下させた事はなかつたものである。訴外三郎としては落下することがないものと確信して右ブリキ製ヂヨーロ入ボール箱を普通にのせたところ何の拍子か全く落ちない確信と客観的状態にあつた右がらがらまり入ボール箱が落下したものである。そして右落下したセルロイド製がらがらまりが煙草盆上の右煙草の火をちらし、そのセルロイド製がらがらまりに接触引火したもので、典形的な軽過失に基く失火であるから被告には賠償責任はない。

仮りに被告に於て原告の損失の賠償責任があるものとするも被告が使用し焼失した住家九坪及び離れ三坪計十二坪は被告が建築したもので被告の所有であるから焼失による損害を被告が原告に弁償すべきものでない。且つ原告は本件火災により昭和二十八年度所得税の税額に於て金二十一万九千二百円減額されて同金額分だけの納税を免れて同額の利益を得ているから、該利益分は前記損失から控除すべきものである。故に右被告所有の住宅九坪及び離れ三坪分の損失分金七万九百五円と右減税額分金二十一万九千二百円、合計金二十九万百五円とを原告主張の損害金四十七万八千四十九円から控除した金十八万七千九百四十四円が損害となるべきである。<立証省略>

理由

被告が原告から原告主張の宅地及び店舗中九坪を賃借し、玩具並に文房具商を営んで来たことは当事者間に争いなく、原告は被告に賃貸している建物は建坪二十三坪のものであると主張するので按ずるに、右事実に成立に争いない甲第一号証、同第三ないし五号証、同第十号証(一部)、同第十四号証(一部)、同第十五号証(一部)、同第十七号証に証人詠三郎の証言を綜合すると、被告は別紙目録記載の宅地上に建てられた前記店舗九坪を含む建坪二十三坪の建物を当時の所有者である訴外吉田銀一郎より借受け、右家屋に居住して家業である玩具並に文房具商を営んできたものであるが、昭和十九年十一月八日原告が該宅地及び前記建物(建坪二十三坪)を訴外吉田銀一郎から買受け、同日右賃貸人の地位を承継して来たものであることが認められる。甲第十号証、同第十四号証、同第十五号証の各記載及び証人上田秀綱の証言中、右認定に抵触する部分は信用できない。

他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

原告主張の火災のあつたことは当事者間に争いなく、この事実に右甲第十号証、同第十四号証、同第十五号証、並に証人高多勝二(一、二回共)、同詠三郎の各証言及び被告本人尋問の結果を綜合すると、被告の三男訴外詠三郎は被告の家業の玩具並に文房具商の店員として右業務に従事していたが、昭和二十八年五月十三日午後から前記家屋裏「離れ」六畳の間で同人の業務である商品の整理に従事し、午後三時二十分頃煙草を吸いたくなつて同室で煙草を吸い、その火のついている半分程の吸いさしを同所の畳の上に置いてあつた桐製煙草盆の椽におき、右煙草盆の上方近くの同室東側の板壁に取付けてある二段の棚の下段にブリキ製ヂヨーロの玩具を入れたボール箱をのせた拍子に上段が揺れてその上にあつたセルロイド製がらがらまり(直径一寸五分位)二ダース入のボール箱が右煙草盆の上に落ち、中のまりがころがり、うちの一、二個が吸いさしの煙草火に接触引火し、同まりが同所附近に置いてあつた花火並にセルロイド製品のところにころがりこれらに引火し同建物に焼え移り、右二十三坪の建物に延焼し、同建物中店舗九坪を除きその余を焼燬し、更にこれに隣接する金沢市横安江町十四番地上にある原告所有の木造二階建作業場、土蔵の屋根に延焼し、原告所有の右作業場二階にあつた鯖網中古品二十五把、鰺網中古品五十把、鰯網中古品八把を各焼燬したこと、前記六畳の間には引火し易い花火、セルロイド製品、木製、紙製、ブリキ製の玩具類が雑然と置いてあり、同室は特別引火防止的設備がない火気厳禁の場所であつたことが認められる。

他に右認定を左右するに足る資料がない。

原告は訴外三郎が火気厳禁の場所に於て引火し易い商品整理の業務に従事中、喫煙することは重大な過失であるからその事業主である被告に於て右失火に基き蒙つた原告の損害を賠償すべきである旨主張するので按ずるに、前認定の如く被告方は引火の危険性の強いセルロイド製玩具及び火薬製花火等の玩具類の販売商であり、訴外三郎はその店員であるからセルロイド製玩具及び火薬製玩具は可燃性物体で引火の危険性が極めて強度であるからそれらの存在する特別に引火防止的設備のない前記場所に於て喫煙はこれをつゝしむべきであり、且つ火のついている吸いさし煙草を不用意に室内に放置することなく完全に消火した上安全な場所にこれを投棄する等の始末を為し、発火の危険ないよう処置すべき注意義務があるものと解すべきところ、同人は前記認定の如く特別に引火防止的の設備のない火気厳禁の場所である前記の如き六畳の間に於て喫煙し、且つ火のついたまゝの吸いさしの煙草を引火の危険性の強度なセルロイド製品の存置してある棚下附近の畳の上に置いてあつた煙草盆の椽に載せて放置したまゝ棚上の玩具の整理に従事したことは著しく注意義務を欠如する場合に該当するものにして、同訴外人には重大な過失があつたものと言わなければならない。

被告は前記六畳室内の棚は頑丈に取付けてあつたものであり、同所においてあつたセルロイド製品入の箱は安定していたもので、めつたに落ちることがないものであるから訴外三郎の所為は軽過失だと主張するが、前認定の如く訴外三郎が下段に物をのせた拍子に上段が揺れた点からみて左程頑丈に右棚が取付けてあつたものと認められない。証人詠三郎、同詠久子、同詠美津枝の各証言被告本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は信用できない。

のみならず原告主張の事実を以てしても尚同訴外人の所為は軽過失とはいえない。

しかして右失火者である従業員訴外詠三郎の選任監督について事業主である被告に於て相当の注意義務を払つたとする主張立証の認められない本件においては被告は原告に対し民法第七百十五条に基き右従業員である訴外三郎の前記重過失による失火に基き原告に対して加えた損害につき使用者として損害賠償の責に任ずべきである。

仍て進んで損害賠償の額について考察するに、前記認定の事実に前記甲第十号証、同第十七号証に前記証人高多勝二の証言(一、二回共)(一部)を綜合すると、前記の如く訴外詠三郎の重過失による失火に基き原告が蒙つた損害は、

1  原告が被告に賃貸してあつた原告所有の別紙目録記載の建物(建坪二十三坪)中、店舗九坪を除くその余を焼失し、これがため右時価金四万三千百五十二円相当の損害を蒙り、

2  原告所有の金沢市横安江町十四番地上にある作業場、土蔵の各屋根等三十坪分が焼失し、これがため時価合計金三十七万五千円相当の損害を蒙り、

3  原告所有の右作業場二階に存置してあつた一年使用の鯖網二十五把、二年使用の鰺網五十把、二年使用の鰯網八把が焼失し、これがため鯖網二十五把時価金二十一万七千円、鰺網五十把時価金八万円、鰯網時価金二万五千六百円、右合計金三十二万二千六百円相当の損害を蒙り、

以上1 2 3総計金七十四万七百五十二円の損害を蒙つたことが認められる。右証人高多勝二の証言中、右認定に抵触する部分は信用しない。他に右認定を左右するに足る資料がない。

被告は前記1記載の建物(建坪二十三坪)中、災害を免れた店舗九坪分を除くその余は被告が建築したもので被告の所有であるから前記1の部分の損害は原告の蒙つた損害でないと主張するのであるが、前認定の如く右建物二十三坪は原告の所有であるので被告の右主張は採用するに由ない。

しかして原告は右損害中、大阪住友海上火災保険株式会社から火災保険金として金十七万八千九百十三円六十九銭の損害補填を受け、更に右火災により原告の昭和二十八年度課税に於て所得の一割に相当する金十一万千九百四十二円の控除を受けたことは原告の自認するところである。

しかして原告が右火災により右火災保険金の損失補填を受けたことにより該金員分を前記損害額より控除すべきことは明白であるが、右昭和二十八年度課税に於て原告の所得の一割に相当する分を控除された分についてはこれは単に課税の対象たる所得より該部分の控除を受けたに過ぎないもので、これを以て直に同額分の納税を免れ、同額の利得を得たものとにわかに断じ得ない。

右所得の一割に相当する分を控除受けた分は後記被告の抗弁に於て詳述する本件火災により現実に納税分を免れた利得のうちの一部分たりうるに過ぎないものと解する。

被告は原告が昭和二十八年度所得税の税額に於て本件火災により金二十一万九千二百円の減額を受けて同額の納税を免れ同額の利得を得たから前記損害額よりこれを控除すべきである旨主張するので按ずるに、前記証人高多勝二の証言(第二回分)によると、原告の昭和二十八年度の所得は金百十一万九千四百二十六円で、損失は金五十八万九千九百九十一円であるから、右損失額より所得の一割に相当する金十一万千九百四十二円を控除した金四十七万八千四十九円を雑損失として所得より控除され、結局課税所得額は所得より基礎控除金六万円、生命保険料控除金八千円、雑損失金四十七万八千四十九円を各控除した金五十七万三千三百円(百円未満は切捨)であるが、若し火災による損害がなかつたとすると所得より右保険料分と右基礎控除とを控除した金百五万千四百円が課税所得額となること、そこで災害があつた同年度に於て右災害分の損失を控除して課税された税額は金十九万六千円にして、若し右災害が無かつたときの同年度の税額は金四十一万五千二百円となるので、災害が無かつた場合は前記既に課税された場合より金二十一万九千二百円多く納入することになるべきであることが認められる。他に右認定を左右するに足る資料がない。

そうだとすると原告は右火災により右金二十一万九千二百円の納税を免れ同額の利得を得たことになるので前記損害額よりこれを控除すべきものと解するので被告の右抗弁は理由があるものと言わねばならない。

よつて被告は原告に対し前記損害金七十四万七百五十二円より右損失補填を受けた火災保険金分金十七万八千九百十三円六十九銭及び本件火災により免れた納税分金二十一万九千二百円をそれぞれ控除した金三十四万二千六百三十八円三十一銭及びこれに対する前記火災により右損害の発生した日の翌日である昭和二十八年五月十四日から完済迄民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務あるものと言わねばならない。

そこで原告の本訴請求中右限度に於てこれを正当として認容するもその余は理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第九十二条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 高沢新七)

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